「つくる」

 部屋の中央にある緑色の球体に触れると、照明が消えた。と、同時に、小さく音楽が聴こえ始める。どこかで聴いたことがあるような気がする、ピアノの独奏。そのなかで、球体に塗られた蛍光塗料だけが、ぼんやりとした光をまとっている。
 やがて、球体は変形を始めた。突起が出現したり、元に戻ったり、波打つような顫動を繰り返す。やがて緑色の球体だったものは、人間の形に近付いていく。頭部が出来、長い胴体が形作られ、そこから脚部が生えるように現れる。そのさまは、暗闇と音楽のなかで舞踏が行われているように見えた。踊るたびに、人間に近付いていく。
 だが、足りないものがあると、僕は思った。肩から胸までがひとつながりになっている、つまり、両腕がない。そして、どれほど踊れど、他の部位が細部まで人間のものになっていこうと、それは生まれる気配すらないのだった。
 僕は、一番はじめにそうしたように、緑色の、人間になりかけているものに触れた。頭頂から愛撫するようにゆっくりと下り、首の部分を経て、肩をなぞる。そのまま滑らせて、ちょうど、ぶら下がった手のあたりにさしかかったところで、力を入れて人になりかけているものを握る。すると、勢いよく凹凸が発生して、瞬く間に腕ができた。生まれた五本の指が、強く、僕の手を握る。やはり、そうなのだろう、手は、求められることによってのみ、生まれる。納得して、僕は手を離した。
 緑色の球体だったものは、もはや、まったく、人間になっていた。もちろん、色は緑のままだが、そんなことは些細な問題といえるだろう。人間の形をしているのだから、人間と呼んでよい。僕はその手を見る。彼は、その手で物を掴むことができるのだろう。握手することができるだろう。愛する人を抱き寄せることができるだろう。そして、人を殺すこともできるのだろう。
 独奏が、止まる。