2012-01-01から1年間の記事一覧

「代替わり」

かつてあの鼠のいた部屋にはいま、私の夫が座っています。

「SIGHT」

かつて「弓形の夜」の場として栄華を誇っていたダイナナクは、すでに廃墟と化している。この場所に中枢機能を集約させていた企業、弦月が崩壊してからというもの、ダイナナクは他のクで行き場をなくした浮浪者がたどり着く場所になっていた。 ダイナナクに滞…

「つくる」

部屋の中央にある緑色の球体に触れると、照明が消えた。と、同時に、小さく音楽が聴こえ始める。どこかで聴いたことがあるような気がする、ピアノの独奏。そのなかで、球体に塗られた蛍光塗料だけが、ぼんやりとした光をまとっている。 やがて、球体は変形を…

「×い××」

墜ちていた。もの凄い早さで、大手保険会社の本社ビルの屋上から。誰もそれが何であるか、認識することができずにいるうちに、何かが潰れる音がする。形を保っていたものが、一瞬のうちにかかるあまりにも強い衝撃によって、何でもないものに変わる徴。たと…

「【人】」

夜の公園の、奥まったところにある森のなかで、落ちている悪意を見つけた。 悪意を身体に【入れる】と、それは自分のなかに染み込んでいく。完全に【入れる】ことができれば、それはワクチンのような役割を果たし、他者からの悪意への抗体となる。そうなれば…

「やがて夜が明けて……」

世界が断線したようなので、久しぶりに外出することにした。 一瞬のうちに《律》が断たれたということで、猫は八本脚になっていたし、駅前の十字路は葡萄畑になっていたし、人間は完全な球体になっていた。まだ高校に通っていたころ、毎日立ち寄っていた大型…

「質疑応答」

どこかに出かけようとするクレインは、わたしに行き先を教えてくれない。でもわたしは知っているから、問い詰めない。今、彼は着る服に迷っていた。色合いや、その日の微妙な気温の変化について熟考している。漆黒かわずかに茶色がかったものがいいのか、生…

「それが雪だった時に」

新しい言葉がたくさん落ちていた。全部拾い上げて、自分のものにする。言葉を交番に届けなくてはいけない、という決まりはない。口下手な自分が人と滑らかに会話するには、こうするしかないのだ。 しかし手に入れた新しい言葉たちをうまく使いこなすことがで…

「夜と街(打ち捨てられた)。」

何かの手違いで滅びなかった街がある。その街をのぞいてすべては滅んでいるので、数十年、数百年という長いスパンで見ればいずれは滅びるのだろうが、いまはまだ生き延びている。その街の外れに小さな公園がある。整備されることもなく打ち捨てられたも同然…

「410 Gone」

手の中にある小さな箱、それを見てわたしはわずかに溜息を吐いた。ラッピングのためのリボンに挟まっていた紙片には、《お返しです》と丁寧な筆跡で書かれている。その言葉が何を意味するのか、はじめは本当にわからなかった。もう何週間も他人とまともに接…

「聞こえますか?」

……先輩! どうしたんですか、聞こえないんですか? そんなことより、仕入れたんですよ、あれ! ……いやだな、へ? って顔しないでくださいよ。蒐めてるって聞きましたよ、噂で。お前に漏れるようなところに話したつもりはない? へえ。まあでも、どこからか伝…

「enable」

整然と配置されたそれぞれの地区は、お互いに良い影響を及ぼしあいながら発展を遂げていた。ほとんど停滞することなく市の人口は増え続けていた。市民はみな市長であるわたしに感謝していた。わたしが何を考えているのか知ることもなく。 ――……。 耳障りな警…

終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わった終わっ…

Silent Night

夕暮れの空がゆっくりと降りてゆき、いつしか地面になる。なんだかふわふわした地面にはもう道路と歩道の区別すらなくなり、自動車や自転車や歩行者、あるいは動物、人に非ざる者、その他大勢が入り交じり、重なり、倒れていく。人や車や霊体の屍が散らばる…

ビーケーワン怪談大賞投稿作品(全-1)

第6回「慰霊碑」 高校に通学してたとき通っていた公園には、関東大震災の被災者が祀られた慰霊碑がありました。この公園に避難した数万人に及ぶ近隣住民は、火炎の竜巻に包まれて残らず焼け死んだのだといいます。この高校に通っている生徒なら、毎年のよう…

カラスヤサトシ「結婚しないと思ってた」

「結婚しないと思ってた」をなぜ自分はあれほど面白いと思ったか、ということについて考えると、この作品が恐ろしく複雑な構造をしていることに考えがいたる。なにしろ、200ページ中150ページが恋愛に関するルポマンガで、残り50ページが現在の奥さんとの馴…