併走

 何の音もしない、静かな部屋だった。中心には椅子が据え付けられていて、正面に投射された映像では一人の男が右に向かって延々と歩き続けていた。僕はぼんやりと椅子に座る。そうして映像に向き直る間も、男は歩き続けていた。
 男が歩く向こうでは、様々なことが起きていた。何もない平野に、小さな村ができた。産業が勃興した。都市が栄えた。戦争が起きた。屍体の山が積み重なり、やがてそれらは朽ちた。また平野になり、小さな村が……その繰り返し。
 それらの歴史を背景に、男は歩き続ける。まっすぐに前を向き、姿勢を崩すことなく。
 どれほどの時間、僕はこの部屋にいただろうか。何回もの、微妙に異なる興りと滅びの歴史を見届けた僕は、椅子から立ち上がった。その瞬間、男が一瞬だけ僕をこっちを向いたような気がした。
 部屋を出ると、案の定そこは長い長い通路だった。
 まあ、そういうことなのだろう。
 左側には、歴史があった。といっても男の背後に流れていたような規模の大きいものはなく、ひとつの家庭を映したものだった。小さな子供を抱えて笑顔でいる夫婦、やがてその家庭が崩壊することを知っている。その父親はやがて奇妙な部屋に囚われ、歩き続けることになる。だからこの歴史を継いでいくのは、この子供だろう。……そして右側を向くと見覚えのある男がカメラを持っている。
 そういうことなのだからそろそろ歩き始めないといけない。