「夜と街(打ち捨てられた)。」

 何かの手違いで滅びなかった街がある。その街をのぞいてすべては滅んでいるので、数十年、数百年という長いスパンで見ればいずれは滅びるのだろうが、いまはまだ生き延びている。その街の外れに小さな公園がある。整備されることもなく打ち捨てられたも同然のそこに、ひとつだけその街の外から来た、「その街以外のもの」がある。人間の形をしたそれは、塗装が剥がれ落ちたベンチの下に潜んでいる。よく考えてみると根拠はないのに、見つかったら殺されそうな気がしていた。
 息を止めているかのように静かな夜、眠るでもなく眼を瞑っている彼の身体に、触れるものがある。慌てて身をよじらせた彼は、ベンチの脚に腕をぶつけて、痛みに悶絶する。それでも本能からの危機感から声は漏らさずにいた。痛みが引くころには彼にも、少なくともそれが危害を与えるものではないことがわかっていた。ならば犬猫の類かと探してみても見当たらない。もう逃げたのかと捜索を打ち切ろうとしたとき、ふたたび彼の右手がそれを探り当てる。それは近くにあるとおぼしきスーパーの特売チラシだった。派手な色使いで強調された数字。それは残り時間に眼を背け、日常を生きるために刻まれたものだと、彼は感じた。
 一度息を吐く。夜が空けたら公園を出ようと、決める。「その街のもの」になるために。