Notes

 両方の手の中指の先に、小さな翼が生えていた。風が吹いてもそよぐ気配も見せず、もちろんそれで飛べるわけでもない。むしろざらざらとした感触が不快だった。剥いでしまいたくもあったが、傷が付きそうでそれもできず、そのまま放っておくしかなかった。
 あるとき、妙なことに気が付いた。心底下らないと感じたり、思い出すだけで胸が悪くなるようなときに限って、その翼はわずかに羽ばたくのだ。ちょうどそのとき、僕はトラブルに巻き込まれていて、それがとりかえしのつかないものになるにしたがって、翼は一日じゅう羽ばたき続けるようになった。
 もつれにもつれたトラブルの糸はやがて僕の首を絞め始めた。このままでは殺されると思った僕は、その前にあの女を殺すことにする。絶対に逃れられるような完全犯罪の計画を立て、準備を進める。ついにその日が来て、あの女を呼び寄せ、後ろから刃物を握り近付く僕の指で、とうとう翼は激しく羽ばたいている。気にしないようにしていたが、身体が少し浮き上がっていることを自覚するにいたって、そうもいかなくなっていた。
 違う、違う。僕はあの女を殺さなくていけない。何度でも刺して、完全にこの世から消し去らなければいけない。必死になって、僕は翼を指から引き剥がそうとした。やがて完全に剥がれたとき、僕は初めて周りの世界を意識した。知らないうちに、数十メートルの高さにまで上昇していた。
 落下が始まった。