アルゴリズム失踪

 弾けた、すべてが。頭の中が、部屋が、街が、社会が。
 その中心にあったのをものをここでは仮に《でれん》と呼ぶ。《でれん》は常に定められた行動を強制されていた。たとえば《ぞろん》によって強制的に労働に従事させられていた。《ぐぎょん》によって強制的に食事を摂取させられていた。《めめん》によって強制的に睡眠させられていた。そして、《ななん》によって強制的に覚醒させられていた。そのたびに感情が発生した。しかし感情を発散する機会は与えられず、ただそれらは蓄積されていった。
 兆候はあった。何かが弾けるような小さな音が時折、腕や、腿や、踵、あるいは鎖骨から響いていた。その音は少しずつ大きくなっていく。むろんそれは、《でれん》の内部で発生していた小さな感情の暴発であるが、《でれん》がそれに気付くことはない。しかしながら、ある時《でれん》は、その音を聞くたびに自らのなかでざわめくものがあることに気付いた。
 それがトリガーであった。
 今わたしは、「自ら」と記した。《でれん》はこのとき、はじめて「自分」を意識したのである。自らの自らに対する意識は強制されるものではない。強制されることによって生まれる感情と、純粋に自らのなかで生まれた感情は科学反応を起こした。これは《ぞろん》にも《ぐぎょん》にも《めめん》にも《ななん》にもーーというよりも、世界で未だ嘗て発生したことのなかった現象だった。未だ嘗て発生したことがなかったからこそ、強制による世界は成立していたのである。だから、すぐさま崩壊した。
 まず弾けたのは《でれん》の脳髄だった。小気味良い音を立てて、ポップコーンのように、《でれん》の器官は次々と弾けていった。最後に身体全体が爆発する。すると次は、飛散した皮膚が触れたものが弾けた。
 一瞬だった。かつて叛乱と呼んでいたもののような、緩慢な、生やさしいものではなかった。積もりに積もった感情が、憎悪だけではなく、諦念や愛情といったものも含めて、爆発したのである。それは連鎖した。拡大した。そして世界は滅びた。
 次の瞬間、《えでん》によって世界は再起動され、《でれん》も再び配置された。時間は少し巻き戻る。もうすぐ、同時に配置された《ななん》によって覚醒させられる時間だ。