調子が悪い。頭が常にぼんやりしている。そんな状態で教場レポートに臨んだのでオーバーヒート。死ぬかと思った。傘忘れた。でもビニール傘だしもうどうでもいいや。

それにしてもみんな米澤穂信が好きなんだなあと思う。僕がどうしても受け入れられないのは、単純な話、高校生があんな小粋なことばっかり言うわけねーじゃん! と思ってしまうからだ。いや、青春小説なんてみんなそんなもんだろうと思うかもしれないけど、そんなことないって(もともと青春小説と呼ばれるものが好きじゃないのもあるけど)。けどそうだろう、高校生のときにあんな小粋なことを言っていたら浮くに決まっている。考えるのは良い。考えるのは良いんだけど、実際に口に出したらいけない決まりになってない? そんなことないのか? 「普段はバカなことばかり考えてるけど、頭のなかではムズカシイこと考えてるオレ」っていうのが一種のコードになってなかったりしなかったか? 要するに中二病なんだけど。高校のとき、バカなことばっかりやってた奴がいきなりデザインに目覚めて美大を目指し始めて、いきなり「いやそんなバカなことばっかりやってられないから」的なことを言い出したときの周りの冷めようといったらなかった。おれ自身はそういう関係性の微妙なところにいたから別にどうとも思わなかったわけだけど、まあ、彼はどうしているのだろうか。要はあんな小粋なことばっかり言ってる連中がそれこそ小市民的に暮らすことなんてできないと思う。いじられまくるって。ていうか、小粋なことを考えてもそれを口にできなかったり、うまく言葉にできないあたりに青春のどん詰まり感があるとおれは思っている。まあそれを小説でやるのは難しいのかもしれないけど、とりあえず、誰もそんなことを言わないのは、おれの周りの人間の精神年齢が極端に低く、みんな小粋なことを言ってたか、おれがフィクションと現実の区別がつかない小粋な状態にあるかどっちかだと思った。

あー書き忘れた。補足補足。たとえば多くのライトノベルとかでは、学校に超能力者がやってくるとか異世界に飛ばされるとか、最初から異世界にいるとか、巫女がツンデレメイドさんで殺人鬼だったとか、そういう〈非日常〉を用意して、小粋な台詞を引き出しているのだと思う。そういう状況になれば、もういじってくるやつなどいなくなるわけで、思う存分に小粋に喋ることにできるわけだ。でも、まあ、米澤穂信はそうじゃないじゃん。もちろん、完全な日常を舞台にした青春小説も多くあるだろうし(あまり読まないけど)、そういうのを読んだらやっぱりこの小粋野郎が、と思うだろうし、米澤穂信をあげたのはその一例でしかないのだけど。

レポート終わった。何故か6000字ある……。